2014年11月04日

狂人手記

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先日、もともとたくさんいたわけでもありませんが
ゼノンしんてぃが登録していた友録を連絡を取ったうえで全部削除し、
また左のリンク集も一時的に撤去しました。



もう何回目かすらもわかりませんが、また一人になりたがった結果です。



そんな狂人がいろいろと自己分析と自己保身と現実逃避を書きなぐった
手記がこちらになります。
かなり不安定な気持ちのまま書いたのでそもそも文章としてめちゃくちゃなうえ
かなり独りよがりというか
我の強い失礼な文章になっておりますので、閲覧にはご注意ください。
というか、正直みても何の得もないです。ほんと。




























こんな辺境の地まで来ていただいている方ならもうご存知かと思いますが、
私は人間関係が基本的に潤滑に進むことはそうありません。
だいたい何かしら人間関係を作っても、最初のほうはうまくいっても
いつかは失敗し、全部壊してしまいます。


そんな私がメイプルを始めてから今に至るまで
継続することができず失敗した人間関係を挙げると以下の7つがあります。
なお相手の具体名などは基本的に伏せてあります。





(ここに具体的に何があったかを書いていましたが、
再掲載に伴い削除しました)






まあこうしてみればどうしようもないクズだということがおわかりになると思います。





で、ここまで読んでいただければだいたいわかると思いますが、
これらすべてのケースに共通するひとつのキーワードがあります。
それが「必要とされていない」というワード。





いつかの時に書いた通り、私は人間関係の距離感がまったくつかめていません。
というのも、「友達」という立ち位置がまったくわからないのです。




たとえば、何らかの人とお友達になったとして、それがある程度続いてくると
自分の中でその人の関係が「特別なものである」と思い込んでしまうわけです。
それだけだったらまだいいのでしょうが、それを相手も同様であると勘違いしてしまう。
このクズがクズである理由はだいたいここにあります。





もともと友達関係なんてほとんど少ない私にとって、
当然関わる人は少なくなるため、その人に向かう意識は大きくなります。
だからこそその人との関係が特別なものだと思ってしまう。




でも相手にとってはそんなことはなく。相手にとっては「単なる同じグループの一人」
「たくさんいる友録のなかの一人」
でしかないわけで。
別にこんなのを特別扱いはしないわけです。
まあ、それは当然ですよね。自分からは何にも動かないし、特別レベルが高いとか
ボスを倒せるとかそういう他に代えられない特徴があるわけでもない。
むしろそれが「普通の友達」というものなんだと思います。




あんまり自分自身しないので憶測になりますが、
拡声器で友録募集している人が、そのそれぞれの人に対して
意識を抱いたりはしないでしょう。
特に「誰でもいいので」とかそんな動機だったらなおさらのこと。
その中で(いやな言い方ですけど)利用価値の高い人とか、
気の合う人とは関係が深くなり、そうでない人とは単につながったまま、
形だけの関係になってしまうのではないのでしょうか。


実際、初めから「相手は別に私のことを特別視はしていないんだ」と思ったうえでの
友達関係においてはあんまりもめることはなかったです。
録はしたけどほとんど話さないとか、何にもしないとか、あいさつすら交わさないとか。
そういう関係だとわかっていたら、自分自身もそれに対して不満不安を抱くことは
なかったりするのです。もっともそれに必要性があるのかどうかは疑問ですが。







で、私にとってはそれがどうしても許せなくなる。
ちょっとしたチャットのすれ違いとか、会話の中に入れないとか、
それくらいの些細な出来事がきっかけで、「裏切られたと勝手に思ってしまう」わけです。
私から見たらすっと仲良くしたいと思っているのに、相手にとっては
別に私なんかどうでもいいんだろうなって思ってしまう。
だったらそんなのもういらないよ、ってなってしまう。

気持ち悪いですね。まったく道理の通ってない、狂いきった考えですね。




ちゃんとした診断を受けたわけでもないし、
またこれを言い訳にして自己保身しているつもりでもないのですが、
いわゆる「境界性パーソナリティ障害」に近い症状は常に抱えていると思います。

躁鬱病かと思うくらいに日によって感情のアップダウンが激しいのも、
嫌われることを常に意識することも、終わってしまった人間関係に固執することも。
こことかに書いてある症状とかはだいたい一致します。
子供から大人への成長していく過程がうまくいかず、
成熟した大人になりきれていない状態。ああ、まさにその通り。






当然、これらは治せるものでもあるのでしょうけど。
むしろ治そうとして、慣れようとして次の人間関係を作ろうとして
それでまた失敗して自己嫌悪を強めることになったりしただけだったり。


はっきりいって私だってばかじゃないし、罪悪感とか嫌悪感とかはありますし。
失敗して人間関係を壊してしまうのが楽しいわけじゃない
壊してしまってからいつも後悔はしてるんですよ、こんなのでも。

こうなってしまうと、治したいと思うより、
もう誰とも関わらなければ誰も傷つかないって思ってしまいます。
だって実際そうだもの。だれかと接しようとするからこうなるんですから。




ただ、その感情とは別に
「一人になりたくない気持ち」とかがあるから
またたちが悪い。

やっぱり一人でいるのは辛いし、誰かに居てほしいとは思う。
だからこそ人間関係を広げようとする。そして失敗する。
また後悔する。一人になりたがる。でも一人では居たくない。この繰り返し。







ここからさらに失礼というか自分のことを棚に上げた文章になるのですが、
だから、正直。もうこのクズに希望を与えないでほしいのです。


自分自身がクズだってことはわかってるし、
どうせ失敗することはわかってるんですよ。


いつもそういうと「そんな風には思えないし大丈夫」とか
「どう思うかはその人次第だから」みたいに優しい言葉をかけてくれるひともいますし
場合によっては「受け入れるから弱い部分を
出してもらっても構わない」
って人もいますけど。


たとえ皆様がどう思っていてもこのクズが不安になればこっちから壊してしまうし
いくらそういってくれる人でも今まで本当に弱い部分を出し続けて
今に至るまで関係を持続させてくれた人なんて誰ひとりいないんですよ。



結果として誰も残らないんです。残るのは自分の罪悪感嫌悪感と相手に対する被害だけ。



皆様に裏切られた、なんてことはいいません。
実質裏切ったのはいつも私のほう。
だけど、私だって好きで関係を壊してるわけじゃないし、
自分が人と接しちゃいけないような社会不適合者だってことくらいわかってる。


だから、もうクズに希望を与えないでほしいんです。
私に対しては「クズじゃないと思うから大丈夫」じゃなくて、
「お前みたいなクズはいらない」って言ってもらえたほうが 何倍も助かるんです。
私のことを肯定的に見てもらえるのはありがたいですが、
そんなことされるほどできた存在ではないし、いつか傷つけてしまうのが怖いんです。
裏切りたくないし、裏切られたくないし、傷つけたくないし、傷つきたくないんです。





タロットカードにおいて、自分のデスティニーカードはカップの4。
不満感、欠乏感に意識が向いている負のカード。
──残された可能性なんて、存在するんですか?




願わくは、誰かがこの狂人にとどめを刺してくれることを。
posted by scintillante at 17:44| Comment(2) | 消えない闇の気運 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
通りすがりです。コメント失礼します。

第一に「希望を与えないでほしい」と言うのに
オンラインのゲームをやることに疑問を感じました。
オフラインのもので遊べば、その悩みは解決されますし、
悲観的になるのも主さんの勝手ですが、
主さんがオンラインゲームをやっている以上、
人に関わらないでくれ、というのは
この上なく身勝手だと感じました。

そして、「関わらないでほしい」という願いと
「一人にはなりたくない」という願い。
この二つの願いを両方同時に叶えることは不可能です。
どちらも実現させようと中途半端なことをするから他人を傷つけますし、
それは、たちが悪いなどではなくただの甘えです。
自己分析ができているのにも関わらず、
何年もの間、何の行動にすら移さない。
これを、馬鹿ではない、と言うのならば、
まずどちらかを自分で選択することくらいはしてください、と思いました。
それさえもできないならば、
「他人を傷つけてもかまわない」と言っているのと同義ですし、
失礼ですが主さんは愚かにしか見えません。

ただ他人になんと言われようが、決めるのは主さん。
今のままでいいなら今のままでもいいと思います。
ただしその報いは今まで通り、受け続けてください。

自分なりの『とどめ』です。
失礼しました。
Posted by 通りすがり at 2014年11月05日 20:57
>> 通りすがり 様

こんな辺境の地まで足をお運びいただき、
またこの上ないほどに的確な指摘ありがとうございました。

ご指摘の通り、身勝手でバカで愚かなのは十分承知しております。
そもそもネットゲームに向いてない人種だというのもそうなのかもしれません。
なまじプレイ期間が長くなってきた故に引くに引けなくなってしまった、という
いろいろとアレな動機もなくはないのでしょうが…


「関わらないで欲しい」と「一人にはなりたくない」というものは、
これに関してはおそらく自分の中の根底にあるのは後者であり、
その後者が成り立たないときに前者の方が出てくる、というのが近いのだと思います。
なんだかんだで失敗しながらも結局また新しい関係を作ろうとしてしまうあたり
いくら強がっても結局一人になりたくないというのが
大本にある「欲求」でありまた選んでしまう「選択」なんだろうな、
ということは思います。
(もちろん、結果としていつもいつもこうなってしまうのに
それでも一人になりたくない願いを持ち続けること自体が
不可能な願いと言ってしまえばそれまでなのですが)

今こそ一人で居ることを望んで関係を切り捨てたりしていますが、
結局そのうちまた一人に耐えかねて動き始めたりしてしまうんだろうな、と思います。
ただ、その選択をした以上は当然繰り返すことを前提としたようなままでは
間違いなのは言うまでもないのですが。
それですぐに動いたところで結局同じ事を繰り返すだけだと思うので、
これを期に考えすべきなのだろうな、と思う次第です。
Posted by しんてぃ at 2014年11月05日 22:47
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